建築家としてのキャリアを何年か積んだ後に、青森県にUターンしてきた。高校までにみる青森県の建築の印象と、ある程度建築を学んだ後の青森県の建築の魅力はまた違うものに見えた。
青森県のガイドブックや、多くのウェブサイトなどに載っている青森県で見るべき建築群(青森県立美術館、弘前れんが倉庫美術館、青森銀行記念館、十和田現代美術館など)については今回は触れずに、8年のアメリカ生活を終えて帰国した私が、帰国当初に魅力的に思った建築やアートについて書こうと思う。
とはいえ、最初は有名どころから。私が青森県で一番好きな建築は、安藤忠雄設計の国際芸術センター青森ACACだ。わたしも今アーティストインレジデンスのある施設をオープンしたばかりなのだが、ここも青森県で最も有名なアーティストが滞在して制作できる施設だ。青森駅から車で10分強の場所にあり、八甲田山麓の自然に囲まれていて、広大な土地を贅沢につかった建物までのアプローチ(舗装?道)と建物のまわりにある噴水と水の写り込みが美しい。安藤さんの厳格なコンクリート建築と、自然との対比も素晴らしく、四季折々にまったく違う表情を見せる。来ているアーティストも多様で、毎度行くたびに面白い展示を見れる。建築、アート、環境、すべてが豊かな空間で、青森県で最もおすすめの建築スポットだと思う。
次に、わたしの故郷である八戸の建築を取り上げる。建物単体というよりも、建築のスタイルやエリアについて。八戸市の特徴的なところは、ポストモダンの建築が残っているということ。都心や関東などでは廃ってしまった建築は取り壊されて新しいものに更新されている。しかし青森県は、更新が遅いことが好と転じて、昭和初期の不思議なつくりの建築が残っている。
今回はそんな内装を残しているカラオケスナックをふたつ。一つ目はゆりのき通りのスナック「馬酔木」。73歳のママが50年間経営している老舗で、カーブして7メートルほどある一枚板のカウンターや装飾的な絨毯模様の椅子や床のカーペット、曲線の多いペンダントライトなどビンテージを感じさせる。二つ目は「クイーンみつや」。ここは昔キャバレーだった場所で、50人ほど収容できる空間と、多くの壁面が鏡になっていたり、豊かな装飾の絨毯や家具が印象的だ。従業員は70代と80代の男性。いつもスーツを来ていて、重厚感があるが、価格は飲み放題歌い放題男性3000円、女性は2000円。八戸市にきたら絶対に行くべきふたつのスナックである。
次は文化のまち弘前。弘前は建築以外にも工芸品が有名だが、弘前には前川國男という近代建築の巨匠が建てた建物がたくさん存在する。なかでも私が好きなのは、弘前市民会館。青いステンドグラスも吹き抜けの上にあるカフェ空間も、全体的におおらかな空間のつながりを感じる。間仕切りの多い日本の建築形式にとらわれず、あの時代にこんなオープンな空間を極寒の弘前市に建てた前川さんは素晴らしいと思った。フランスのルコルビュジエに師事した作風を弘前の土地に還元している。車で移動する人ならばその他にも弘前市立博物館や弘前市斎場などにも足を運んでもいいかもしれない。
次は建築というよりも、建築家が関わっている銅像について。青森県で有名な温泉郷といえば八甲田周辺。八戸市からバスや車で八甲田方面を目指すと、美しい景色で有名な奥入瀬渓流を通る。四季折々に違った魅力が感じられる路なのだが、その先に十和田湖がある。ここでは十和田湖にある「乙女の像」を紹介する。1946年に県議会で「自然石を使った記念碑建立」の構想が進められた。日本を代表する建築家谷口吉郎が設計に関わり、彫刻は高村光太郎が担当した。妥協を許さない高村は、十和田湖を遊覧した後に「私はギリシャはやらない。アブストラクトもやらない。明治の人だから明治の人としてものをつくりたい」と銅像を制作した。この後高村は病気で倒れ、この彫刻が彼がこの世に残した最後の作品となっている。
青森県は土地が広いこと、自然が美しいことから、都心よりも余裕をもってゆったりとした設計の建築物が多い。旅行の途中でいつもと違う視点で建築やアート作品を見るたびも面白いかもしれない。
文:高砂充希子
青森県八戸市出身の建築家、アーティスト、Virtual therapy tomb designer。
2021年にスタジオミキックス開業。2024年にアートギャラリー「ネオ一平」オープン。
東京藝術大学美術学部建築学科卒業。南カリフォルニア建築大学大学院修了。
ロサンゼルスにて建築家アンドリューザゴに師事、シカゴ建築展2017のデザイン監修担当。NYとサンフランシスコでの勤務を経て帰国。2024年より宮城大学非常勤講師。